心の傷を癒すということ ドラマ レビュー。 新増補版 心の傷を癒すということ: 大災害と心のケア

心の傷を癒すということ 大災害と心のケア 新増補版の通販/安 克昌

心の傷を癒すということ ドラマ レビュー

実在した安先生という精神科医のお話で、先生のあたたかさをものすごくよく表現したドラマだと思います。 印象に残っているのは、診療場面での先生の食いつかんばかりの姿勢で患者の話を聴くシーンと、家族や友人の前で見せる油断した表情の対比です。 在日コリアンということで、若い時は葛藤が深かった彼の苦悩を、柄本佑が飄々と演じたことで、きっと本当の先生もこういう姿勢で生きておられたのだろうとしみじみしました。 最終回のラストシーンでは、先生の幽霊が出てくるという若干のファンタジーがありましたが、それも全然イヤではなく、必要なシーンだったと思うし、ラストシーンに先生の本当のお子さんたちが出演されたのもなんだか感動しました。 とにかくすっごくよかったです! タイトルに惹かれて見たのですが、私の心の傷も癒されていました。 心の奥底に隠れていて、私自身も見逃していた小さな棘も抜いてくれました。 心の傷を癒すためには、元気づけたり発破をかけるのは人によって逆影響で、傷ついている人の痛みを共感して、その人に寄り添ってあげる。 それが一番大切なのだなと思いました。 WORLD JAZZ FESTIVALで、安先生が体調により会場に入る事ができなくて、湯浅さんが隣に座って「隣座って聴ける。 一番いい席だ」と言った時には、本当に素敵な親友がいて良かったなと羨ましくなりました。 終子さんが体にいいマクロビオティックの料理を勉強し、子供達も一緒に食べているのは、なんて思いやりのある暖かい家庭なんだろうと、安先生のすごさを感じました。 それに、その家庭を作っている家族にほのぼのとした優しさを感じました。 安先生が亡くなる前に生まれた灯ちゃん達兄弟と終子さんがルミナリエを見ている時に言った「さみしいわ」に涙が止まりませんでした。 安先生が精神科医になった理由の一つには、家庭環境もあったのかという印象を受けました。 在日であることを知った子供の頃の日のことや、裕福そうな環境であってもお父さんが厳しすぎて、あれでは家で安心感や安らぎを感じられなかったのではと思います。 また優秀なお兄さんに対しても、コンプレックスのようなものを感じてたのかなという感じ。 とても聡明な人だからグレたりしなかったけれど、グレてもおかしくないような愛情希薄な感じの父親との関係が気になりました。 それでも敬愛する永野先生との出会いもあって、安先生自身が望んだとおりの道に進めたことは本当に良かった。 決して明るい印象でもなく不器用そうですらあるけれど、安先生の、とても思慮深くてひたすら誠実な人物像が、柄本さんの演技からひしひしと伝わってきました。

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『心の傷を癒すということ』感想(ネタバレあり)と無料で動画視聴する方法 | エンタメチェンジ

心の傷を癒すということ ドラマ レビュー

「僕たちの仕事」 あらすじはコチラ 阪神淡路大震災当日。 安和隆(柄本佑)は勤務先の病院に向かう。 和隆は、避難所を回りながら、精神科医として自分にできることは何かを模索し続ける。 そんな中、 新聞記者から「震災を内側から書いて欲しい」とコラムの連載の依頼を受けた。 避難所で赤ちゃんを亡くしたときの話をする看護師の新島(平岩紙。 その看護師に 「公立病院の看護師やったらトイレの掃除をしろ。 」 と言う男。 「精神科医の世話にはなりたくない」 と言う女性。 奔走する和隆。 そんな時、柊子(尾野真千子)が倒れたと聞く。 自分の実家に避難させた柊子に会いに行く。 睡眠不足と食欲不振で倒れてしまった柊子。 「震災のストレスやな。 」 「神戸の人たちは罰が当たったんやって言われてりすんねん。 」 「辛かったなぁ。 それ言うた人、きっと怖いやと思うわ。 ワタシらは何もしてへんから大丈夫 そう思わなこうわってしょうがないやろな。 」 和隆は自分が安心するために、大阪に妻子を避難させていたことを後悔していた。 「一緒に帰ろう。 」 うなずく柊子。 神戸に戻ると避難生活に悲鳴を上げる人が増えていた。 「精神科医の世話になりたくない」と言っていた女性が睡眠薬が欲しいと言う。 自分だけ生きてしまったことに、また余震が来るんじゃ無いかという恐怖に怯えていた。 夫には同じ経験をしたのに、なぜお前だけ立ち直れないのだと怒られるらしい。 子供たちのメンタルも弱っていた。 子供たちはなんと「地震ごっこ」をしていた。 台の上にペットボトルやら皿やらを置き、揺らす。 大人たちは無神経だと非難する。 「子供たちも受け止めきれないんです。 」 新聞記者の谷村も悩んでいた。 小さな赤い靴を握りしめて泣いている男性を遠くからカメラで撮影した。 その男性に近づき何枚も写真を撮る新聞記者もいた。 「ボクのやっているのはこんな仕事か。 意味はあるのか。 」 と和隆に相談。 「意味はあります。 僕は谷村さんの仕事だから原稿を書いているんですから。 」 救われる谷村。 夫に怒られると言っていた女性も夫とともに深呼吸。 少しずつ前に進む被災者たち。 避難所になっている学校の校庭でキックベースをすることにした大人たち。 子供の遊ぶ場所を! 盛り上がっているが、うるさいと耳を押さえている人もいる。 苦しい・・・。 まだまだ苦しいなぁ。 「弱いってええことやで。 弱いから他の人の弱いところはわかる」 精神科医の先生、懐が深い。 なんでも受け止めてくれるやん。 でも自分の妻子も被災者で、受け止めてなければいけないのに、妻が倒れたことは堪えたやろな・・・。 今も避難場所は過酷だと思うけれど、阪神淡路大震災は今よりもっと過酷な場所だった。 プライバシーなんて一つもなかった。 それが当たり前だと思っていた。 「命があるだけで良かった。 」 命があってもあの生活は・・・。 看護師さんんいトイレの掃除をさせるくらいなら、お前がやれ!って言いたくなるけどね。 未だに、お客さん気分で避難所に行く人が多いと聞く。 ホント・・・なんだと思ってんの? 和隆と仲良くなった阪神タイガースの帽子をかぶった少年は元気そうやったけれど、祖父ははまだみつかっていない。 探す手立てがないのよね・・。 「なんかな、ずっと揺れとう気がするねん。 」 せやねん。 ワタシもずっとそんな気がしていた。 周りの人と「今揺れた?」って確認し合う。 ずっと揺れて酔ってしまうみたいな。 地震当日。 主人公が電話をかけていたシーンで流れていたニュースは本物かな? 最初は「西宮市」が一番多かったって報道されてました。 当日、当然ながら停電だったのでラジオだけが頼りでした。 ライフラインが通ってなくて。 公衆電話はよく繋がると聞いていろんな人に電話をして。 でも電話・・・繋がらなかったなぁ。 大阪のおばちゃんの 「罰が当たったんや」はいま聞いても腹が立ってしまいました。 なんで兵庫県民だけに罰が当たるねん!! 川を東に東に行くと、被災度が違うんです。 淀川渡ったらもう普通。 大阪の友人だけが頼りの食生活(苦笑) 大阪の友人から聞くニュース。 停電だと知りたい情報が入ってこないのよねぇ。 その後、ボチボチと近所の公衆浴場が営業再開した。 しかし 1時間並ん入れるのは15分。 入れ替え制だからね。 そこにやってきたのはテレビクルー。 綺麗にお化粧した女性アナウンサーが暖かそうなコートを着て。 香水の匂いをプンプンさせて 「オープンして良かったですね! 嬉しいですね?」 なんてインタビューしてたな。 理解してくれるお医者様がいることが大事なんだなぁ。 あんなに人の気持ちを理解することができるドクターなのに、でも相変わらず父・哲圭(石橋凌)は怒りまくっていた。 事業がうまく行っていないらしい。

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『心の傷を癒すということ』 第2話 ネタバレ感想~震災ストレス。みんなしんどい。

心の傷を癒すということ ドラマ レビュー

私もドラマを見て読んでみようと思いましたが、放送にあたって再版されたと思われるこの版が既に新品が入手困難ということで困惑してしまいました。 初版は入手困難なようですが、この版の一つ前の版の中古があるもののお値段が高すぎます。 今現在この版の新品が 2,120円で出品されていますが送料がなんと 2,977円。 本一冊送るのにどこの業者を使ったらそんな送料がかかるというのでしょうか?これは商品の価格を安く見せるための設定でしょう。 Amazon さんにはしっかりチェックしてもらいたいものです。 書店を通じて出版社に問い合わせましたら今月20日には増刷出来とのことで、書店には月末頃に入荷するそうです。 この作品はサントリー学芸賞を受賞したとドラマの中でも触れられていましたが、専門書ではないものの小説ではないのでドラマの感動を再度と期待して購入するのだとしたらちょっとあてが外れるかもしれません。 39歳で肝細胞癌で亡くなったとは残念なことです。 ドラマでは手術はできない状態ということでしたのでステージ4だったのでしょう。 専門外とはいえお医者様なのに、と誰でも思うのではないでしょうか。 入荷を待って、新たに加えられた文章などもじっくり読みたいと思います。 2020. 20 追記。 安医師その人がどういう人であったかをもっと知りたい方には『精神科医・安克昌さんが遺したもの: 大震災、心の傷、家族との最後の日々』をお読みになることをお勧めします。 肝細胞癌が発見されてから安医師がどう生きたかが綴られています。 ドラマとは違って父親や恩師との関係、奥様との出会い、仲間とのジャズ演奏などは述べられていませんが、病態がどうであったか、それを安医師がどう受け止めたか、どうして入院を選択せずに家族と生きることを選び、仕事も続けたかが描かれています。 もともと分裂病が専門であったことからPTSDと多重人格の関係に着目してその治療に力を注がれたのですが、新聞の連載が書籍化されてサントリー学芸賞を受賞したことによって「心のケア」の専門家とみなされるようになってしまったこと、その事によってその方面の仕事の比重が増えたことが死の遠因になったのではないかとも述べられています。 (2020. 29 追記) 昨日書店より入荷の案内がありました。 「世界は心的外傷に満ちている。 それは社会のあり方として、今を生きる私たち全員に問われていることなのである」 p. 258。 心に傷害を負った三十年前、ぼくは、一方では、自分の心を自分の体内で治癒するための書を漁ったが、他方では、自分の内的救いを求めるだけで社会の救いを放置してよいのかという引け目があった。 そんなとき、社会の問題をも重視する信田さよ子さんのような精神治療家にも出会った。 人の心と社会とは別問題ではなかったのだ。 「イエスが手を差し伸べてその人に触れ、『よろしい。 清くなれ』と言われると、たちまち、重い皮膚病は清くなった。 イエスはその人に言われた。 『だれにも話さないように気をつけなさい。 ただ、行って祭司に体を見せ、モーセが定めた供え物を献げて、人々に証明しなさい』」(マタイによる福音書8:3-4)。 イエスの時代、病者は社会の外にはじき出された。 病が癒えれば社会に戻れた。 言い換えれば、社会とのつながりを回復することが、イエスの「癒し」だった。 本書の著者の安克昌さんなら、「ケア」と言うかも知れない。 「被災直後の人たちには、自分たちが見捨てられていないと感じる必要がある」 p. 医学的にPTSD(心的外傷後ストレス障害)と診断される病者を軽視してはならない。 しかし、「世界は心的外傷に満ちている」。 被災者には、あるいは、いろいろな形で傷ついている人びとには、人とのつながり、社会とのつながりが大切だ。 「心のケアを最大限に拡張すれば、それは住民が尊重される社会を作ることになるのではないか」 p. 「住民が尊重される」とは人権や衣食住の保証とあわせて、その人の心が大切にされることであろう。 しかし、それは「あなたの気持ちはよくわかります」ということではない。 「わかりますよ、と言ったとたんに、私の姿勢そのものが嘘になってしまう」 p. けれども、安さんは、しょせん人の気持ちなどわからない、とクールに言いたいのではない。 「(わたしの苦しみなど誰にも)わかりっこないけど、わかってほしい」ということをわかろうとする、「品格」のある、やさしい人なのだろう。 品格とやさしさこそが、人が社会で生きる意味ではないか。 本の中でしかあったことがないけれども、ぼくは、39歳で夭逝した、同じ年生まれの安さんが好きだ。 尊敬する。

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