マルグリット デュラス。 マルグリット・デュラスの自伝的小説を映画化 『あなたはまだ帰ってこない』

マルグリット・デュラス

マルグリット デュラス

作品に谺するファントム・ボイス 《私が表現しようと試みるのは、書く時に私が聞くものなのです》 小説、戯曲、そして映画に至るまで「ヌーヴォー・ロマン」の枠を超えた活動でいまなお読みつがれるマルグリット・デュラス(1914-1996)。 小説で描かれる電話の声、映画にみられるオフの声など、その作品にはつねに、何処からとも知れず到来する〈声〉の存在があった。 京都大学人文科学研究所准教授。 専攻、フランス文学。 著書に、『小林秀雄の論理』(人文書院、2002年)、編著に、『〈生表象〉の近代』(水声社、2015年)、訳書に、W・マルクス『オイディプスの墓』(水声社、2019年)などがある。 ジル・フィリップ(Gilles Philippe) 1966年、ランニオン生まれ。 ローザンヌ大学教授。 専攻、フランス文学・文体論。 * 立木康介(ついきこうすけ) 1968年生まれ、神奈川県出身。 京都大学人文科学研究所准教授。 専攻、精神分析。 著書に、『狂気の愛、狂女への愛、狂気のなかの愛』(水声社、2016年)、『露出せよ、と現代文明は言う』(河出書房新社、2013年)などがある。 関 未玲(せきみれい) 1972年、東京都生まれ。 愛知大学准教授。 専攻、フランス文学。 橋本知子(はしもとともこ) 京都女子大学非常勤講師。 専攻、フランス文学。 澤田 直(さわだなお) 1959年、東京都生まれ。 立教大学教授。 専攻、フランス現代思想。 著書に、『サルトルのプリズム』(法政大学出版局、2019年)、編著に、『異貌のパリ 1919-1939』(水声社、2017年)、訳書に、『フェルナンド・ペソア『新編 不穏の書、断章』(平凡社ライブラリー、2013年)などがある。 グラン・ゼコール準備学級教授資格保持者(古典語担当)。 マルグリット・デュラス協会副会長。 著書に、Marguerite Duras. III et t. * 岩永大気(いわながたいき) 1988年、京都府生まれ。 パリ第八大学博士課程在籍。 専攻、現代フランス文学。 【 関連書】 垂直の声 プロソポペイア試論/ブリュノ・クレマン/郷原佳以訳/4800円+税 オイディプスの墓/ウィリアム・マルクス/森本淳生編/3500円+税 テクストとイメージ/マリアンヌ・シモン=及川編/4500円+税 ヴァレリーにおける詩と芸術/三浦信孝・塚本昌則編/5000円+税• 月別アーカイヴ• リンク• カテゴリー• 546• 304.

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マルグリット デュラス

第二次世界大戦時のナチス占領下のパリ。 1944年、マルグリット・デュラス30歳。 夫のロベールは地下でレジスタンス活動をしていたため、ゲシュタポに突然連れ去られる。 それが、彼の帰りを祈り、彷徨い、苦悩する、彼女にとっての愛のための人生の始まりだった…。 戦時下、誰もが、戦場に赴いた人、捕えられた人を待ち続け、愛しつづけることの痛みと不安と闘っていた。 愛とは、苦しみなのか、歓びなのか、あるいは待つことなのか?すべての女性に贈られる、愛とは何かを突き付ける、フランスが世界に誇る小説家マルグリット・デュラスの自伝的原作『苦悩』(河出書房新社刊)を見事映画化。 映像化不可能と言われた本作をベースに、デュラス自身の愛と、その苦しみが、戦争の記憶とともに語られる、激動の愛のドラマが誕生した。 その翌年、1985年に刊行された『苦悩』は、デュラス自身が「私の生涯でもっとも重要なものの一つである」と語っているほど、作者自身が深い愛着を抱いていた作品である。 特にデュラス自身が1940年代半ばに書いた日記や手記をそのまま、ほぼ削除せずに載せていたことも大きなスキャンダルとなり、話題となった。 マルグリット・デュラスは、これまでにも『ユダヤ人の家』などの作品においてユダヤ人の悲劇的状況を繰り返し描いてきた。 そして、彼女の赤裸々な自伝ともいうべき原作をベースにした『あなたはまだ帰ってこない』でも、占領下のナチズムの暴虐ぶりを浮き彫りにすると同時に、極限状況において、<愛>という感情がいかにうつろいやすく、瞬く間に終焉してしまうのか、しかし、そこにあった<愛>もまた、真実であるのだという愛の痛みをリアルに突きつけてくるのである。 監督はゴダールやキェシロフスキの助監督などを務め、その才能に高い評価があるエマニュエル・フィンケル。 主演はマルグリット・デュラス役に『海の上のピアニスト』『ザ・ダンサー』などのメラニー・ティエリー、そしてゲシュタポの手先となり、彼女を誘惑する謎めいた男ラビエを『ピアニスト』のブノワ・マジメルが演じ、愛に苦悩する姿を見事見せつけている。 1944年6月、第二次世界大戦中、ナチス占領下のパリ。 ジャーナリストでもあり、作家の道を歩み始めたマルグリットは、夫ロベール・アンテルムとともにレジスタンスの一員として活動していたが、ロベールはゲシュタポに連れ去られ収監されてしまう。 日ごとパリのナチス本拠地に通い、夫の情報を得ようとするが、周りには彼女と同じように夫や恋人、家族の安否を知ろうとする女たちで溢れていた。 誰もが表情は暗く、短い時間の間に刻み込まれて皺が、顔を覆っていた。 そんなとき、一人の謎めいた男がマルグリットに近づいてくる。 夫を逮捕したというゲシュタポの手先ラビエだった。 ラビエは作家であるマルグリットへの尊敬の念を隠そうとせず、戦争が終わったら、ドイツに芸術書を扱う本屋を開くのが夢だ、と誘ったカフェでワインを薦めながら語るのだった。 しかしマルグリットが知りたい夫の情報は、小出しにしかせず、彼女との次の逢瀬を取りつけるのだった。 さらには自分の口添えで、ロベールを労働免除にした、拷問もしていない、とマルグリットの耳元でささやく。 彼女はラビエの言われるままに、彼の指定する場所、時間に、一分の狂いもなく駆けつけるようになっていく。 まるでつき合いたての恋人同士が、時間を惜しむかのように。 しかし、それが、マルグリットにとっての、ロベールへの愛の証だった。 彼を無事奪還すること、そして待ち続けること。 そのための手段以外、彼女にはなかった。 たぶん、ほかの、待つ大勢の女たちにも。 レジスタンス運動の仲間たち、とくにマルグリットの愛人でもあるディオニスは、ラビエに懐疑的であったが、しかし、ゲシュタポの情報を入手できる可能性に賭け、マルグリットとラビエの逢瀬を許すのだった。 しかし飛び込んできたのは、ロベールのドイツへの移送という情報だった。 夫ロベールは生きて帰れるのだろうか。 愛する夫の長く耐えがたい不在。 心も体もぼろぼろになりながら夫の帰りを待つマルグリットだったが…。 1914年、フランス領インドシナ(現ベトナム)のサイゴンに生まれる。 法律を学ぶため、1932年にフランスに帰国しパリ南部近郊ヴァンヴに居住。 パリ大学で法律・数学を専攻し、政治学のディプロ厶を取得。 1939年、ロベール・アンテルムと結婚する。 1942年に初めての子供を出産後に失う。 1943年、処女作『あつかましき人々』を発表する。 また、この頃、ディオニス・マスコロと知り合う。 1950年に発表した、現地で教師をしていたが早くに夫に先立たれた母が、現地の役人にだまされ、海水に浸ってしまう土地を買わされ、それ以後、彼女達一家は貧困を余儀なくされるという一家の苦難と、母の悲哀を描いた自伝的小説の『太平洋の防波堤』は、わずかの差でゴンクール賞を逃す。 1984年に発表した、インドシナに住んでいた時に知り合った華僑の青年との初めての性愛体験を描いた自伝的小説『愛人 ラマン』は、ゴンクール賞を受賞し、世界的ベストセラーとなった。 なお、この作品の姉妹編とも言うべき『北の愛人』は、かつてのデュラスの愛人だった中国人青年の死を聞いて執筆を始めたという。 この作品は1991年に発表された。 ペンネームのデュラスは、彼女の父の出身地から取ったもの。 また映画監督作や、映画原作となった著作も数多い。 1996年3月3日没。 1943年 『あつかましき人々』を発表。 ディオニス・マスコロと知り合う。 F・ミッテランの下でレジスタンス運動に加わる 1944年 下の兄がインドシナで死去。 アンテルム、強制収容所に送られる。 共産党に入党する 1946年 アンテルムと離婚 1947年 マスコロとの息子のジャンを出産 1958年 『モデラートカンタービレ』を発表 1959年 シナリオを執筆した映画『二十四時間の情事」が公開される 1964年 『ロル V. シュタインの歓喜』を発表 1966年 『ラ・ミュジカ』で初めて映画監督を務める 1968年 五月革命に参加。 夏、38歳年下の青年、ヤン・アンドレアと知り合う。 その後、彼と恋人関係になる 1981年 『アウトサイド』出版 1982年 アルコール中毒で入院 1984年 『愛人 ラマン』出版、ゴンクール賞を受賞 1985年 『苦悩』を発表 1986年 『青い目、黒い髪』を発表 1987年 『愛と死、そして生活』『エミリー・L』を発表 1990年 『夏の雨』を発表 1991年 『北の愛人』を発表 1992年 『ヤン・アンドレア・シュタイナー』を発表 1993年 『エクリール』を発表 1996年 『これでおしまい』遺稿。 長編第一作「VOYAGES」はカンヌ国際映画祭<監督週間>に出品されユース賞を受賞したほか、セザール賞2部門など数多くの映画賞を受賞した。 TVドキュメンタリー「EN MARGE DES JOURS」 07 ではビアリッツ国際テレビ映像フェスティバルのゴールデンFIPA賞(脚本賞)を受賞、「NULLE PART TERRE PROMISE」 08 では2度目のジャン・ヴィゴ賞に輝いた。 2016年2月にフランスで公開された『正しい人間』 15 には、本作でデュラスを演じたメラニー・ティエリーとニコラ・デュヴォシェルが主演。 商業的にも批評的にも成功し、アングレーム・フランス語映画祭の最優秀監督賞と主演男優賞を受賞した。 2017年に世界で初めて開催されたオンライン映画祭、第7回マイ・フレンチ・フィルム・フェスティバルで上映された。 1981年パリ近郊のブローニュ=ビヤンクール生まれ。 幼少よりモデルとして活動を始め、イタリア版「Vogue」誌をはじめ、様々なファッション雑誌で活躍。 エルメスやイヴ・サンローランの広告塔として知られ有名になる。 一方で、女優としての新たなキャリアを積むためTV作品や映画へ進出。 1999年、イタリアの映画監督ジュゼッペ・トルナトーレの『海の上のピアニスト』に出演し、一躍注目を浴びる。 その後、ジュリアン・ルクレルク監督の『インストーラー』(07)への出演を経て、マチュー・カソヴィッツ監督のSFアクション『バビロンA. 』(08)でヴィン・ディーゼル、ミシェル・ヨーとの共演を果たしハリウッド映画に初進出。 さらに、テリー・ギリアム監督のSF映画『ゼロの未来』(13)に出演。 『ザ・ダンサー』(16)で、セザール賞の助演女優賞にノミネートされた。 1974年パリ生まれ。 『人生は長く静かな河』 88 のモモ役で注目を集める。 『夜の子供たち』 96 でセザール賞有望若手男優賞にノミネートされる。 その後『年下のひと』 99 で共演したジュリエット・ビノシュと恋仲になり、2000年に娘が誕生。 ミヒャエル・ハネケの『ピアニスト』 01 では、カンヌ国際映画祭主演男優賞を史上最年少で受賞。 その後、次々と映画出演のオファーが舞い込み、ピエール・グランブラの『銀幕のメモワール』(01)ではフランスを代表する名女優ジャンヌ・モローとの共演を果たした。 名匠クロード・シャブロル監督の『石の微笑』(04)、ジェラール・ピレス監督の『ナイト・オブ・ザ・スカイ』(05)、『裏切りの闇で眠れ』(06)等で主演を務め、クロード・シャブロル監督の最晩年の作品となった『引き裂かれた女』(07)では、リュディヴィーヌ・サニエと共演した。 2015年の『太陽のめざめ』でセザール賞助演男優賞を受賞した。

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映画上映 『マルグリット・デュラスのアガタ』

マルグリット デュラス

1914-1996 仏領インドシナに生れる。 今世紀最大の女流作家。 『愛人 ラマン』で、フランスで最も権威のある文学賞のひとつであるゴンクール賞を受賞。 『モデラート・カンタービレ』『インディア・ソング』等、多くの傑作を残した。 本書の聞き手。 イタリア人ジャーナリスト。 「ラ・スタンパ」紙や「ラ・レプッブリカ」紙などに寄稿。 1953年、東京生まれ。 1976年、上智大学外国語学部フランス語学科卒業。 1978年、上智大学大学院外国語学部言語学専攻修士課程終了。 訳書に、ルー・モルガール『キキ』、ダイエル・ロンドー『タンジール、海のざわめき』、ユゲット・ブシャルドー『ジョルジュ・サンド』、リーサ・セイント・オービン・ドゥ・テラン『イタリアの夢の館』、ウォーカー・ハミルトン『すべての小さきもののために』 いずれも河出書房新社 、C・コスタンティーニ『バルテュスとの対話』、ティム・パークス『狂熱のシーズン』、ウィリアム・ブラック『極上のイタリア食材を求めて』 いずれも白水社 、クレスマン・テイラー『届かなかった手紙』 文藝春秋 、ロレンツァ・マッツェッティ『ふたりのトスカーナ』 竹書房 、エレーヌ・グリモー『野生のしらべ』、ケイト・モーゼス『シルヴィア』 共にランダムハウス講談社 他多数。 老いてなお明晰かつ真摯、かといって立派だったり甘かったりするわけではない。 自身の真実にたいして真摯である姿勢は本当に敬服する。 私にとって特に印象にのこった言及はゲイに対するもので、 彼らは自身がゲイであることに恋しているのだ、といったような (うろ覚えでごめんなさい)考察をしていて、すげーーとおもった。 昨今ポリティカルコレクトネスであることに集中するあまり 物事の考察が停止していることにぼんやり疑問を抱いていたところで デュラスがそれを一掃してくれた。 自身の真実をさぐり、それを言葉にすること。 それを優先したい。 真実を追えばそれが人類愛や真理に通じているのだから 通り一遍の正義で考察の道をふさぐべきではないとおもった。 映画「愛人」の印象に残る映像による不思議な魅力、そして子供の頃家族の誰かがしょっちゅうかけていたレコードで聴きなじんでいたピアノ曲が、ずっと後になって、映画「モデラート・カンタービレ」で子供の練習している曲だった、ということを知る。 私にとって、デュラスという作家への関心は、その程度のきっかけからでしかなかった。 しかし、この本では、インタヴュアーによる「はじめに」の文章からも、デュラスという人の魅力は想像できた。 (ただし翻訳はフランス語版に拠ったとのことである。 )インタヴューが行われた時期については、訳者によって「本文中の記述から1988年、デュラス74歳の夏前後ではないかと推察される。 」と書かれており、インタヴューの内容は、次の12章から成る。 1. 幼年期 2. パリ時代 3. ひとつのエクリチュールの道程 4. テクスト分析のために 5. 文学 6. 批評 7. 登場人物のギャラリー 8. 映画 9. 演劇 10.情熱 11.ひとりの女 12. 場所 加えて、詳細な注釈、訳者によるあとがきとしての解説、作品解題に年譜、と豊富な資料が付いていて期待以上に読みがいがある。 インタヴューの内容は、デュラスの作品を読んでからさらに読みなおす必要があるだろうが、デュラスが作家として書くために追ってきたテーマ、知的姿勢や情念、それに言葉についての哲学的信念等は、感じ取れたような気がする。 イタリア人インタヴュアーに対する讃辞は前書きの「注記」において、ルネ・ド・セカッティが次のように書いているが、ごもっともと思う。 「その揺るがぬ態度そのもの、しつこさ、主題の並べ方、きわめて構造化されたその思考法は、これまでに発表されたインタヴューのほとんどに見られるある種の気配りと脱線を許さなかった。 」 (2015. 7 追加改訂).

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